国民よ!日本人としての誇りを持て!!

大阪に残る強制連行の銘版。其の二「タチソ・高槻地下倉庫」

あらためましてこんにちは。
矜持会の石川です。

前回に続きまして
大阪に残る「朝鮮人の強制連行」の文字が刻まれた銘板の実態をご紹介いたします。

今回はタチソです。
「高槻地下倉庫」→「カツキウコ」と略した、旧陸軍地下倉庫の名称

では、まず行き方をご紹介致します。
これもまた安威倉庫と同じくわかりにくい・・・

住所は大阪府高槻市成合北の町829-3付近

グーグルマップに打ち込んで、GPSオンにしてあとは頑張ってください。
・・・と言ってもいいぐらいスマホは発達しておりますので大丈夫です(笑)
・・しかしせっかくなので・・
私なりの分かりやすい目印でルートをご紹介させて頂きますφ(.. )


前回の安威倉庫のルートと同様、国道171号を走り
レッドバロンと、きんのぶたが目印の交差点「八丁畷」を山あいの方向へ向かい
79号線を進みます。
グネグネしてますが79号線を道なりに進みます。
山の麓にある「春日神社」を目印に走るといいかもしれません。


79号線に沿って檜尾川(ひおがわ)という川が流れています。
これが一番の目印かもしれません。

ずーっと進みます。。。

途中、いくつか小さな橋が出てきますが山の麓付近まで進んでください。
そうすると「琴堂橋」という小さな橋が出てきます。ここがゴールです。

ここがゴールです。タチソ到着です。

タチソの「朝鮮人強制連行銘板」。
後ろにあるのはムクゲだそうです・・


書いています。
「強制連行その他の手段で集められた、3500人ともそれをはるかに越えるともいわれる朝鮮人労働者が投入され・・・」
画面の前で ?( ・Д・)?
というお顔になられている方。
大丈夫です。あなたは決して一人ではありません。

まず朝鮮人の強制連行ですが、前回、安威倉庫の回で触れたように
徴用とは
昭和14年から昭和20年の国民勤労動員令によるその後の一本化の間
日本国民に一律に課せられた義務のこと。
朝鮮半島に発令され、実施されたのは終戦間近の昭和19年9月から半年間。

徴用とは強制性を持つものの、当時日本の統治下にあった台湾、満州、朝鮮にも一律に日本国民に課せられた当時の義務です。
(国民勤労動員令一本化、国民勤労動員令廃止等ノ件 勅令第566号により廃止) )

おっと。その前に突っ込まないといけませんね。

他の手段で集められたって、何ですか????
まさか
まさか・・・朝鮮総督府下の
民斡旋(みんあっせん)
官斡旋(かんあっせん)のことですか?????(;´Д`)
これも日本のせい?

民斡旋とは
昭和39年から42年まで朝鮮総督府が
民間業者に許可を出して業者が日本本土の仕事を紹介し、募集していたもの。

官斡旋とは
民斡旋の効率の悪さから昭和42年から44年、国が一括して労務者を募集したものです。

民斡旋で日本に来た朝鮮人は約14万7千人
官斡旋で来たのは 約30万人
徴用は 約22万人
この他、自由意志で渡航してきたのは
約122万8千人です。
(ちなみに徴用で来た朝鮮人が日本に残った人数は245人と、昭和59年の外務省調査で発表されています。)

民斡旋、官斡旋とは仕事の募集ですから、徴用と違い義務ではありません。断る自由はあったのです。

ではもう一度タチソの銘板を見てみましょう

史実曲解、捏造の強制連行だけを書き、民斡旋、官斡旋、自由渡航については「その他の手段」。
あまりにもアンフェアな書き方にしか見えないのは私だけではないはずです。

この、「その他の手段」こそが史実ではありませんか。

それとも、徴用、仕事の斡旋、自由渡航以外に強制連行にも似た何か他の手段で日本本土に来た朝鮮人がいたのでしょうか????

これも撤去、あるいは修正をしなければなりませんね
高槻は・・・・辻本先生・・・(;´Д`)

さて。。。
このタチソ(高槻地下倉庫)とは
前回ご紹介したすぐ近くにある安威倉庫と同様、旧日本軍の地下倉庫
として昭和19年9月の終戦間際に計画されたものです

タチソとは旧陸軍の暗号。
川崎航空機の陸軍機「飛燕」のエンジン製造を計画していた地下倉庫です。
タチソは約9000平方メートルもあり、現段階でも全国4番目の規模を持つ地下壕。
銘板のすぐ後ろの山中に痕跡と、川をはさんだ朝鮮部落の地域の北側に集中していたとされています。
地下壕の建設手法は掘削の機械であけた穴にダイナマイトを差し込み、爆破しながら掘り進める作業だったようです

現場は憲兵の監視も厳しく、労働環境は今とでは考えられないほど熾烈な環境。
ここにいた誰もが、今では考えられないような苦労をし、耐えておられたのです。

タチソ建設にあたった地元民、大阪高医、北野中学、関西工業高校の学生たちや
徴用その他の民斡旋、官斡旋、自由意思渡航で来た朝鮮人も
(タチソ銘板を史実に基づき修正するならこの文言でどうでしょう?)

悲劇や、苦痛に苛まされたのは朝鮮人だけではありません。
だからこそ、彼らが誤解されるような文言を後世が誇張、捏造して伝えるというのは、タチソで苦労された朝鮮人の名誉を傷つけることではないでしょうか?

現在と過去の価値観を同列にし、史実を捻じ曲げる日本のエセ左翼や
韓国政府ら。
弱者を誇張し、史実を捏造する卑怯者。
死者冒涜という悪趣味でもあるのでしょうか?
賊とは対話できません。

後世の我々で、正すべきを正しましょう
まずはこの銘板も、撤去、あるいは文言修正を。

タチソ建設に従事され、苦労された先人に感謝し、亡くなられた方々にあらためて哀悼の意を表します。

※タチソ自体は私有地です
無断で立ち入らないよう、ご注意ください。

では、次回は
天王寺の生玉神社、生玉公園付近にある強制連行銘板の実態をご紹介させて頂きます。

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